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小室哲哉 Profile

小室哲哉 (TETSUYA KOMURO) プロデューサー 作曲家 作詞家 キーボード (Syn,ACID,Key,A.Piano,prog)

1958年11月27日生まれ。
東京都出身。
血液型O型。幼少時には柏市に住む。母の勧めで3歳の頃よりバイオリンを始め、
東京芸術大学教授のレッスンを受ける。母も学生の頃バイオリンを修め、合奏するのが夢のひとつだった。

6歳の頃、東京都府中市に転居。引き続きバイオリンのレッスンを受けた。この当時に音感のベースが形成 された。

小学校5年生の頃、母がエレクトーンを購入。これが鍵盤楽器との出会いとなる。母より先にコードを覚え、 エレクトーンの先生を驚かせたこともある。同じ頃、母方の親戚の叔父からギターコードを習い、マスターす るのが速くて叔父を驚かせた。 
1970  大阪万博で冨田勲が指揮する「マルチスクリーン+12チャンネルステレオ」を駆使した
演奏に大きな衝撃を受け、この出来事が後のシンセサイザーへの興味につながった。 
1972 母に内緒で友人にエレクトーンを売って、初めてシンセサイザーを手にした。 

高校入学の頃から、プログレッシブ・ロックのレコードをあさるように聴く。
当時の好みは、「エマーソン、レイク&パーマー」(EL&P)、
「レッドツェッペリン」「キング・クリムゾン」「Tレックス」「ユーライヤ・ヒープ」など。
マーク・ボランの死はかなりのショックだった。 
1977 早稲田大学社会科学部に入学。三多摩地区の仲間たちとのコンサート活動に明け暮れた。 

19歳の頃、三鷹市にあるフィルキア楽器店主催のコンサートで、
当時、第一期スピードウェイというバンドを組んでいた木根尚登宇都宮隆、青木高貴
(後のTMのマネージャー)らと出会う。
1983 Vo.宇都宮隆、G木根尚登とともに「TM NETWORK」を結成。
1984  「金曜日のライオン」でデビュー。コンピューターを駆使した画期的なサウンドで音楽シーンを席巻した。 
1985 ソロワークとして「吸血鬼ハンターD」(アニメ)のサウンドトラックを制作。 

作曲家としてアーティストへの楽曲の提供を始め、
1986年にリリースされた渡辺美里の「My Revolution」が大ヒット、人気コンポーザーの地位を築く。 
1987 7枚目のシングル「Get Wild」で初のシングルチャートNO.1を獲得する。 

角川映画「ぼくらの7日間戦争」のサウンドトラックを手掛け、映画とともにこのサントラが大ヒットした。
1989 初のソロシングル「Running To Horizon」をリリース。
このシングルとセカンドシングル「Gravity of Love」が連続初登場1位という快挙を達成。
12月リリースのソロアルバム「Digitalian is eating breakfast」は65万枚のセールスを記録した。
1990 話題の角川映画「天と地と」音楽監督を担当、質の高い楽曲の提供が評価された。 

TM NETWORKは「TMN」にリニューアルし、新たなプロジェクトとして、音楽活動の領域を拡大していく。 
1991 ソロワークをさらに充実させ、「X」YOSHIKIとのスーパープロジェクト「V2」を結成。
初のミュージカルサントラ「マドモアゼルモーツァルト」などが話題に。
宮沢りえ、小泉今日子、中山美穂、観月ありさ、中森明菜、牧瀬里穂らをプロデュースし、楽曲を提供した。 
1992 日本初のテクノ・レイブユニット「trf」をフルプロデュースすることを発表。
1993 「trf」2月にシングル「TK RAVE FACTORY」でレコードデビュー。

「EZ DO DANCE」 「愛がもう少し欲しいよ」 「Silver and Gold dance」 「寒い夜だから…」
「survival dAnce 〜no no cry more〜」と次々にヒットソングを生みだし、
同時にアルバム「TK RAVE FACTORY-THIS IS THE TRUTH」「trf HYPER TECHNO MIX」
「EZ DO DANCE」「trf HYPER TECHNO MIX II」とシングルリリースあわせて8曲をチャートインさせた。 
1994  trfのアルバム「World Groove」が初のアルバムチャートNo.1を獲得。 

TMNデビュー10周年に「Night of The Knife」をリリース(オリコン初登場1位)、
そしてプロジェクト終了宣言。 

5月18日、19日/東京ドーム「TMN 4001 DAYS GROOVE」に104,000人を集め、
熱狂のうちに総売上600億円のプロジェクトの幕を降ろす。 

篠原涼子 with t.komuro「恋しさとせつなさと心強さと」(94年7月21日リリース)は
200万枚(95年2月15日現在)のセールスを記録した。
1995 ダウンタウンの浜田雅功とのプロジェクト“H Jungle With t”の
「WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント」をリリース。
オリコンで7週連続1位(初登場1位)を記録し、ミリオンセラーを達成(95年5月15日/190万枚)。

「フジテレビ LIVE UFO '95」で日本初のダンスミュージカル「月が地球にKISSをする」の
音楽をプロデュース。

8月、「avex dance Matrix '95 TK DANCE CAMP」でオーガナイザーをつとめ、
東京ベイサイドスクエアに6万人を動員する。

現在、自らも1ユニットとして参加するglobeを始め、trf華原朋美、EUROGROOVE、hitomi
H.A.N.D.、安室奈美恵など、構成中の新ユニットを含め8プロジェクトを抱え、
プロデューサー、ミュージシャンとして多彩な活動を展開。

大晦日にtrfが、TBSテレビ系「輝け!日本レコード大賞」に出演し、
「Overnight Sensation〜時代はあなたに委ねてる〜」で大賞を受賞。
当日はTKも会場に駆けつけて受賞曲を演奏した。

NHKの「紅白歌合戦」に、H Jungle With t が出演し、
この年の大ヒット曲「WOW WAR TONIGHT」を熱唱した。曲の途中に、
ダウンタウンの松本人志も飛び入り参加するなど、この年の紅白の目玉となった。

六本木のディスコ「VELFARRE」に、globetrf、 H Jungle With t など
TKがプロデュースするアーティストが集まり、「スーパーカウントダウン1995-1996」が開かれた。
この模様はNHKのBSで生中継された。
1996  元日に発売されたglobeの4枚目のシングル「DEPARTURES」は230万枚を越えるセールスを記録し、
TKがプロデュースしたシングルでは過去最高の売上となった。(数字は97年3月現在)

1月19日、20日幕張メッセで、久しぶりのソロとしてのライブ・パフォーマンス「tk-trap」を開催。
このためだけのスペシャルユニットを結成し、最先端の音と映像、照明技術を使い、
新感覚のライブが行われた。

2作目の「GOING GOING HOME」で終結かと思われた H Jungle With t が、
4月に日本テレビ系のドラマ「竜馬におまかせ!」の主題歌「FRIENDSHIP」をリリースし、
ドラマにも浜田雅功が竜馬役で出演した。

6月、東京・新高輪プリンスホテルにて「華原朋美ヒット記念パーティー」を開催。
レコード業界・報道関係者ら1,000人以上が出席し、大変なにぎわいとなった。

globeの1stアルバム「globe」が440万枚、華原朋美の「LOVE BRACE」が270万枚、
安室奈美恵の「SWEET 19 BLUES」が370万枚と、シングルのみならず、
アルバムのプロデュースでも記録的な枚数を達成した。(数字は97年3月現在)

マガジンハウス発行の雑誌「ポパイ」において、「小室哲哉のネットパラダイス」の連載を開始。
各界の著名人らを迎えた対談をPLANET TKと連動で行う。

TBC 東京ビューティセンターの主催する、'96 the レディプロデュース・キャンペーンをプロデュース。
コンテスト優勝者をデビューさせる企画から大賀埜々が誕生した。

globe初のライヴ「ロードムービー」を4会場にて行う。
観客も出演者というTKの意図により観客を無料招待。ライヴの模様を収録したビデオも発売。

9月、岐阜で開催された「マルチメディア国際会議」にTKが出席。
マルチメディア・ネットワークに関する講演をおこなう。

11月6日、NTTの発表した「こねっと・プラン」にTKが賛同し参加することが決定。

11月13日、厚生省の開催する麻薬・覚醒剤禍撲滅運動の一環として、
TKプロデュースによるライブ「イエス・トゥー・ライフ dance alive」を実施。

TM時代のメンバー、宇都宮隆宇都宮隆らの楽曲をプロデュース。
これによりメディアまでもがTM復活説にゆれうごいた。
また、ほかにも中森明菜や円谷憂子などの多方面にもプロデュースをし、活動をひろげる。

ソニーPLAY STATIONのゲームソフト「カボールスクリーン」をプロデュース。
音を拾い集めるゲームをクリアすると、TMNの新曲が聴けるということで話題になった。

「1996年ベスト・ドレッサー賞」芸能部門ベスト・ドレッサー賞を、TKと安室奈美恵が受賞。

12月4日、'97年夏公開予定のアニメ映画「エルマーの冒険」の制作発表が行われた。
この映画の音楽部分をTKが監修。元TMNの木根尚登はサウンドトラックを制作、
宇都宮隆TRFがそれぞれ主題歌をつとめる。また、TRFYU-KIは主人公の吹き替えを担当。

12月7日、L.A.にて、新会社「TK NEWS」を設立し、アジア各国をはじめワールドワイドな活動を
展開していくとプレス発表を行う。

第38回 日本レコード大賞を、安室奈美恵の「Don't wanna cry」が受賞。
また、globeのアルバム「globe」はアルバム大賞を受賞した。

ネットワークイベント「TK Trillion Net」を年末年始にわたって実施。
こねっとテーマソング「YOU ARE THE ONE」には主旨に賛同したアーティストらがチャリティーにて参加。
六本木・VELFARREに参加アーティストが集結し楽曲を披露。
この模様は「TK Trillion Net」とテレビ朝日の番組放送と連動し公開された。  
1997 1月、安室奈美恵のゲームソフトがセガサターンより発売。

3月、「第11回日本ゴールドディスク大賞」授賞式で安室奈美恵が邦楽部門のグランプリに輝く。
また、globeは「グランプリ・アルバム賞」を受賞する。

3月1日完成したばかりの大阪ドームを皮切りに、東京、福岡、名古屋において
4大ドームhttp://www.area-globe.com/4_domes/index-j.htmが行われた。

4月6日、TKの祖父の出身地、福島県西白河郡中島村に「からくり時計」を寄贈。
「ヨカッペ時計」とネーミングされた時計の楽曲をTKが提供。式典にも出席した。

4月11日よりフジテレビ系列にてTKがフィーチャーされた番組「KOMU@COM」の放送がスタート。
TK関連の情報をオンタイムに発信していく試み。

20世紀フォックス配給映画「SPEED2」テーマ曲を手掛ける。

5月27・28日、台湾において初の海外ライブ「TK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEI」を開催。
globe安室奈美恵TRFが出演し、会場となったサッカー場に4万人の観衆を収容した。

ニューズ・コーポレーションとTKの新会社「TK NEWS」において、
アジアからスターを発掘するオーディション番組「TK NEWS -小室魔力-」の番組監修をつとめる。

10月10日より、TKがパーソナリティを務めるラジオ番組「kom sat radio」がスタート。
TKが音楽をテーマにトークを進めながら、リスナーのハガキやFAX、e-mailに答えていく。

中日邦交正常化25周年記念の一環として行われるTK初の中国ライブ公演
「TK Presents GROOVE MUSEUM」が決定。
11月14日北京を皮切りに、上海、香港においてコンサートを開催。
また、12月12、13日には台北市でクラブイベントを行った。

12月17日フランスに於いて、1998年ワールドカップ・サッカーフランス大会の
公式アルバム収録曲をフランスのキーボード奏者ジャン・ミシェル・ジャール氏と
共作で担当することを正式に発表。 
1998 3月、globeのアルバム通算売り上げが、31日発売の「Love again」を含め、
わずか2年3作品で1000万枚に達し、日本音楽史上最短記録となった。 

4月、FIFAワールドカップフランス大会の公式テーマソング『TOGETHER NOW』を、
フランスを代表するシンセサイザー奏者ジャン・ミシェル・ジャール氏と発表。
ボーカルにはD&Dオリビア・ラフキンが抜擢された。 

台湾を中心に行われたオーディション番組「小室魔力」より選ばれたRingをプロデュース。
台湾と日本でのCDリリースを行う。 

6月、Ringに引き続きアジアからのアーティストGRACEをプロデュース。
香港のみのCDリリースとなるが、そのサウンドは天方直実がカバーして日本リリースされた。 

中国政府より音楽親善大使として、97年にコンサートのみならず
親睦を深めるために数回招かれた様子を、カメラマン森川昇氏が密着した写真集、
『TK presents GROOVE MUSEUM TOUR DOCUMENT "FIRST STEP IN ASIA"』
6月16日にソニー・マガジンズより発刊。文章は藤井徹貫氏が担当。 

7月1日、香港にて行われた中国返還1周年式典記念式典に、
音楽親善大使として招待され、同式典でglobe、GRACE、Oliviaと共に楽曲を演奏する。 

グアム政府観光局による「グアム大夏祭」のプロモーションとして、
「グアムアートイルミネーション」を総合プロデュース。
7月4日には「ASAYAN」のオーディションで選ばれ、同観光局のCMソングを歌う鈴木あみと共に、
イルミネーションの点灯式典に出席。 

7月4・5日、グアム最大のエンターテイメント施設「サンドキャッスル」で、
globeのプライベートアコースティックコンサートを実施。 

7月12日、ナゴヤドームを皮切りに、「globe tour 1998 Love again」4都市7公演を実施。 

7月14日、パリ祭のメインイベント「RENDEZ-VOUS '98 ELECTRONIC NIGHT」を、
ジャン・ミシェル・ジャール氏らと共にエッフェル塔前シャン・デ・マルス公園で開催。
この模様はインターネットでストリーム放送された。 
100万人の観衆の前で

9月3日、SEIKOとの共同開発によるTKプロデュースのリストウォッチ「SEIKO Frequency」の発表を行う。 

10月26日、オリコンのシングルチャートにおいて、「wanna Be A Dreammaker」を
始めとする4連続リリースシングルがトップ10に同時チャートイン。
この記録はオリコン史上初めてとなる。 

11月27日、TKとTKサウンドファンをダイレクトに結びつけるまったく
新しいカタチのコミュニティサークル、小室哲哉オフィシャルメンバー組織「TK JET LINK」を設立。 

12月31日、「第40回 輝く! 日本レコード大賞」において、
globeが「最優秀賞」を「wanna Be A Dreammaker」で受賞。 
1999.1 NYにてインディーズ・レーベル「TRUE KiSS DiSC」を設立し、
自らが参加する「KiSS DESTiNATiON」を始動。 

全国の小中学校にインターネット環境を整備するための「こねっとプラン」、
麻薬撲滅・覚せい剤禍撲滅運動のキャンペーン等に楽曲提供他で貢献。 
2000 1月には、同年7月に開催された九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)のイメージソングの作曲、また総合音 楽プロデューサーとして、故小渕首相から任命される。 

3月には国連麻薬統制計画ウィーン本部を訪問し、UNODCCP親善大使を授与される。 

7月、九州・沖縄サミット レセプション総合プロデューサーとして楽曲「NEVER END」発表。 

10月、ニューヨークの国連本部で開催された国連親善大使会議に参加。 

11月、麻薬・覚せい剤乱用防止活動としてTRF、BALANCeとともに「イェス・トゥ・ライフ東京大会」に参加。
2001.1/1 ジャン・ミッシェル・ジャール氏とともにアーサー・C・クラーク氏脚本による「2001RENDEZVOUS IN SPACE  OKINAWA」ライヴパフォーマンス発表。現在までに小室哲哉が手がけた全CDは、シングル、アルバム併せ て1億7千万枚のセールスを記録している。  


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